①社会のダイナミックスをどのように捉えるか 〜社会物理学に入る前に〜
社会物理学に入る前に、まず、「物事」の物理現象のとらえ方に2つあることが紹介されました。それは、物事には「過渡状態」と「定常状態」があると言うのです。この2 つの状態があること私は、最初はよく理解できませんでしたが、椎塚先生の説明は分かりやすく明快であったのです。この現象を理解するには、物理的な現象の数理表現、すなわち“微分方程式”が出てきます。でも、私にとってそれは難解であったのですが、電気的な現象を例にとって説明されたので、少し気が楽になりました。「過渡状態」と「定常状態」の物理的な振る舞いの視点は、電球のフィラメント(金属)の「電気抵抗」と「温度」の関係にあることが説明されたので、理解が増しました。つまり、電球のスイッチを入れると電流が流れてフィラメントが熱くなり温度が上昇するとその電気抵抗が下がるから、電流が多く流れるというものです。この、スイッチを入れてからフィラメントの電気抵抗が一定値になるまでの状態を「過渡状態」と言って、その後抵抗値が一定になってからの状態を「定常状態」ということが分かりました。
次に、物事のふるまいには動的(dynamic)なものと静的(static)なものがあることが説明されたのですが、最初はよくわかりませんでした。椎塚先生の説明を聞いているうちに少し分かってきました。つまり、この世界(宇宙)は、静止しているものは何もなく、すべては激動の渦中にあるというのです。さらにそれは、原因と結果の連鎖で表され、数学的には「微分方程式」で記述されるというのです。一般的には、それを「システムダイナミクス」という領域のこととして捉えることができることを知りました。そして、このような物事の状態を表すシステムダイナミックスの基本構造は、非線形で一階の微分方程式で表されるというのです。しかし、それもまだピンときませんが、概念的には理解出来ました。このような動的に振る舞う実際の現実を、椎塚先生は「方丈記」と重ねてあの冒頭の名文句「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。・・・」と同じ考え方なのであると説明されたのが、よく分かってきました。
②これまでの社会科学と今後の社会物理学について
次に、社会物理学が生まれた背景である、世界とそれに対応する社会科学の流れを振り返ってみました。これまでの社会科学は、研究者のための学問であるとの傾向が強かったとの説明があり、納得させられた一面でした。社会科学はもっと一般市民のために役に立つものでなければならないことが説明されました。そこに社会物理学の誕生の意義があることが分かりました。現代はテクノロジーや企業だけでなく社会構造そのものが間断なく変化する未曾有の変革の時代であり、「つながりすぎた世界」と言えます。ネット上にバーチャルな群衆があっと言う間に生まれ、数百万の人々が、お互いの意見から学んだり影響を与えたりしている状況です。こうした世界では、人間を熟考の上に意思決定を下す個人として捉えることはもはや不可能であります。社会は制御不能になる一歩手前とも言えるでしょう。その上で、現代の社会科学は現代の社会が持つ動的な影響力とインターネット経済を考慮に入れる必要があるとのことです。このような背景のもとに社会物理学の意義があることが分かりました。
③社会物理学がなぜ注目されるのか
そこで注目されるのが「社会物理学」であることが分かってきました。社会物理学は情報やアイデアの流れと人々の行動の間にある、明確な数理的関係性を記述する定量的な社会科学であることです。「ネットワークの中にある成長プロセスに基づいて考える」ことが研究の基本的な方向性であり、物事を動的で進化的に捉えているのが特徴的です。また、通常の物理学の目標は「エネルギーの流れがどのように運動の変化をもたらすか理解する」ことですが、社会物理学の目標は「アイデアや情報の流れがどのように行動の変化をもたらすかを考察する」ことにあることが分かりました。すなわち、社会物理学は”社会の進化をビッグデータで理解するための新しい枠組みであって、人間を理解するための「新しい言葉」「観念」「理論」が含まれる学問領域であると言えるのです。そこで、社会物理学の大きな問いは次の3 つがあります:・新しいアイデアはどこで生まれるだろうか
・新しいアイデアはどうやって行動に移されるだろうか
・どうすれば協調的で生産性が高く、創造的な社会構造を実現できるだろうか
④社会物理学をどのように研究するか
社会物理学を駆動するエンジンは、人間の活動のあらゆる側面に関するビッグデータです。人間の経験やアイデアのやりとりに見られるパターンを分析することにより、社会変化を促し、様々な規則性を持つメカニズムを本当の意味で明らかにしようとしています。そこで有用となるのが、個々人の通話記録やクレジットカードの利用履歴、GPS による位置情報等、意味のある行動記録だけでなく、一見意味のない微妙な事柄を含めた「デジタルデータのパンくず」と呼ばれているものです。ある個人がどのような人物なのかに関する膨大な情報「デジタルデータのパンくず」の中にあるパターンを見出そうとする手法を、「リアリティマイニング」と呼んでいることに、今回私は特に興味を覚えました。このように、物理学が客観的な計測データによる検証・反証により発展してきたと同じく、社会物理学の台頭によって、社会についてもデータによる検証・反証可能な科学が発展し始めたと言えると思います。
⑤社会物理学の展望
社会物理学はビッグデータを活用し、経済学、社会学、心理学といった学問領域やネットワーク、複雑性、意思決定、生態等の概念を一つにまとめようとしています。アイデアの交換におけるパターンを研究することで社会を理解し、市場の暴落を防いだり、人種や宗教間での対立を回避したり、政治的な膠着状態を脱したり、腐敗や権力を防いだりすることのできる社会の可能性が高まるのです。これから訪れようとしている「データ駆動型社会」では、前程として、データが間違った使われ方をしないことが必要です。その上で、社会物理学の成果となる、経済活動や革命といった現象の詳細を見渡したりそれを予測・管理したりする能力は「プロメテウスの火」となる可能性があると言うのです。そのためにも、ビッグデータ時代に即した社会科学の再活性化が必要と言えるのです。
⑥社会物理学とビジネス
実際のビジネスにおいて社会物理学は、新しいアイデアを特定のソーシャルネットワークから創発させ、そのアイデアを浸透させることに役立てられることになるでしょう。新しいアイデアでの新商品開発や、マーケティング、組織マネジメントなどに有効だということです。社会物理学が「アイデアがどのように伝わっていくか」を明らかにすることで、「いかにしてアイデアを発見し、優れた意思決定に結びつけるか」といった「探求」の方法が理解されることになります。また、ソーシャルネットワーク内において、主流となるアイデアに自身の行動を適合させるプロセスが解明されることで、「なぜ共同で作業することができるのか」といった「エンゲージメント」の意味が明らかになるというのです。エンゲージメントについては、後のセミナーで取り上げるとのことですから、楽しみにしています。本セミナーを受けた報告者の感想
社会物理学は「社会」と「物理」という一見すると相反するような概念を持つ言葉を合わせた難しい学問のように感じますが、セミナーを受けて、実践的で現実に即した学問であることが理解できました。それは、社会物理学が「ゆく河の流れ」がより早く複雑になった現代のための学問だからではないかと思いました。ビジネスの現場では、各企業は多様化した消費者の実像を掴んだり、ホワイトカラーの生産性を高めたりしようと必死ですが、社会物理学の考え方や研究手法をどのように取り入れていけるのか、自分なりに考えてみたいと思います。また、アイデアの流れといった社会物理学の大きな問いに対して、どのような角度から調査・研究をはじめてみたいのか、皆様と議論を深めたいと感じました。今回のセミナーは社会物理学の紹介と入門編でしたが、新しく知ったこの学問をこれから深掘りしていきたいと感じる内容でした。