アフェクティブイノベーション協会

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AIA理事による、それぞれ個別にテーマを設けた勉強会です。 テーマに対する発表と参加者による活発な意見交換が特徴です。




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AIA総会 基調講演
日時 :2018年 12⽉ 3⽇(月)
講演者:椎塚久雄(SKEL)
テーマ:イノベーションを起こすための強力な初期トルクは誰が与えるのか
              ―Society 5.0時代のイノベーションの方策―
AIA 総会 基調講演
2018.12.03

イノベーションを起こすための強力な初期トルクは誰が与えるのか
―Society 5.0 時代のイノベーションの方策―
椎塚 久雄(AIA/SKEL)

1.初期トルクとは

いきなり「初期トルク」という言葉を聞いてもよく分からないかもしれません。簡単に言えば、最初に動かすときの力のようなものです。例えば、電車は止まっている状態から走り出すときに最も大きな力(トルク)が必要です。イノベーションもまったく同じで、最初「0」の状態から「1」の状態に持っていくときに最も大きなエネルギーが必要です。例えばそれは、強力なリーダシップ、上司への提言、上司の理解、周囲の理解、等々枚挙に暇がありません。このように、イノベーションを起こすときには、最初にそのような強力な初期(始動)トルクを誰が与えるかにかかっていると言っても過言ではありません。


図1 イノベーションを起こすには大きな初期トルクが必要―その比喩的イメージ



2.社会の動向―Society 5.0

Society5.0とは、サイバー空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会を目指しています。
これまでの流れを見ると、Society1.0(狩猟)→Society2.0(農耕)→Society3.0(工業)→Society4.0(情報)→Society5.0(新たな社会)のようになっていて、いま新たな社会が求められています。
図2はSociety5.0で実現する社会をイメージしたものです。このような状況のなかで、私たちはいかにしたら新しい社会5.0に貢献できるのでしょうか。それはある意味現代に生きる私たちの重要な課題であり、次世代での展開に新たな視点が求められています。これは、図3に示すように、フィジカル(現実)空間からセンサーとIoTを通じてあらゆる情報を集積人し、人工知能(AI)がビッグデータを解析し、高付加価値を現実空間にフィードバックするのです。


図2 Society 5.0で実現する社会 https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html



図3 サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合(URLは前出)

そして、「経済発展」と「社会的課題」の解決を両立する「Society 5.0」へ導こうというものです。ここでの大きな課題は、経済発展と社会的課題を両立させることですから、種々に課題が山積している状況にどのように立ち向かっていくかにかかっているわけです。図4は、当面の経済発展と社会的課題の示したものであり、これらの課題の中には種々の要素が包含されています。つまり、イノベーションで創出される新たな価値によって、格差なくニーズに対応したモノ(コト)やサービスを提供できることで、経済発展と社会的課題の解決を両立させようというものです。


図4 経済発展をしつつ社会的課題の解決を(URLは前出)



3.ビッグデータ時代におけるイノベーションの課題─知能とは

ここで、視点を変えて「知能」とは何かについて考えてみましょう。知能に関する次の文は大変面白いです。
知能とは、推論し、計画を立て、問題を解決し、抽象的に考え、複雑な考えを理解し、すばやく学習する、あるいは経験から学習するための能力を含む一般的な知的能力である。単に本からの学習だったり、狭い学問的な技能だったり、テストでよい点をとるためのものではない。むしろわれわれの環境を理解するための、すなわちものごとを「理解し」それに「意味を与え」、何をすべきか「見抜く」ためのより広い能力を表している。 詳細は、THE WALL STREET JOURNAL 1994を参照。
https://en.wikipedia.org/wiki/Mainstream_Science_on_Intelligence
この中で、知能の専門家たちが合意に至っている次のような内容が知能の重要な3要素として知られています。
・抽象的な思考あるいは推論(99.3%の研究者が合意)
・問題解決能力(97.7%の研究者が合意)
・知識を得るための能力(96.0%の研究者が合意)
これから分かることは、99.3%の研究者が合意している「抽象的な思考あるいは推論」は、非常に特徴的です。このことは、現在のようにビッグデータ時代になっても、私たちは避けて通れない重要な内容を示唆しています。重要な部分は図5に示すように、知能とは見抜くためのより広い能力を表していることになります。


図5 問題は「いかに見抜くか」ということ


さて、この「見抜く」という言葉の背景には「アブダクション」的な発想があります。実は、ビッグデータの中から本質的な事柄をいかにして見抜くかというのは、創造力を活かした人間にしかできない知的能力です。

ビッグデータの3V

これまでのデータベース管理システムでは、溜まりすぎた情報を処理管理することが困難なほど、世の中のデータ集積が「ばかでかく」なっているのです。それは、「クラウド・ソーシング」時代にあることを考えれば当然のことでしょう。情報があまりにも溜まっていて、各社・各機関がそれらを各種各様の利用の仕方で処理するので、コンピュータ、ネットワーク、サーバー、ストレージ、アプリケーション、サービス等のコンピューティング・リソースをいったん「クラウド」(雲)に借り置きしておこうというものです。
実は、このことは、「いよいよ情報を適確に活用する方法が急速に求められている時代になっていることを意味している」のです。このような傾向に走っているのは、ビッグデータの3V
・Volume(情報の規模・量)
・Velocity(処理速度)
・Variety(多様性・種類)
が重なってきたからだとみなすこともできます。これら3つのVに囲まれたので、どこかに突破口を開けなければならないが、「これぞ」といった決め手を欠いているのです。現状では、会社ごとにやたらにデータ処理要員を増員して、多額な予算をかけて必要な情報の解釈をせざるをえなくなっています。つまり、従来はそれぞれのパソコンには、ソフトウェアを購入してインストールしなければならなかったので、パソコンには高性能が求められていました。それが、クラウドコンピューティングの時代になると、クラウド内のサーバー群から必要なソフトウェアやデータ、情報システム等を利用できるから、個々のパソコンは最小限の機能で端末の性能を超えた能力を発揮することができるようになってきたのです。このことが従来と現在の最も大きな違いになっているわけです。図6は、そのような状況をイメージ化して示したものです。


図6 クラウドコンピューティングのイメージ


感性認識論の必要性

この世界には、「為になる情報」と「駄目になる情報」があり、それを正しく認識することは非常に重要になります。つまり、ビッグデータやクラウドに「適確な解釈」のための 「感性認識論」が必要だと思います。それは私が以前から「感性システム」のフレームワークの中で提案しているものです。従って、「感性認識論」の着手は「吃緊の課題」でもあるのです。問題は、「為になる情報」と「駄目になる情報」とが「かたまり」として区別できないのです。ビッグデータの解析にとって最も必要なのはデータ・アナリシスだけではなくて、仮説力をもったアブダクティブ・アプローチ(abductive approach)ですが、このアブダクティブ・アプローチはあまりよく理解されていないのが実状ではないかと思います。それはまさに喫緊の課題でもあるわけです。


4.日本はイノベーション後進国―デザイナーの役割とは

ここで、視点を変えて「知能」とは何かについて考えてみましょう。知能に関する次の文は大変面白いです。まず、次の方々は何をされたか分かりますか:「星新一、小松左京、筒井康隆、藤子不二雄、手塚治虫、大友克洋、士郎正宗、等」。実はこれらの方々はSF作家として、世界向けて大きな仕事をされているのです。つまり、日本は世界を代表するSF作家が突出して多い国であるにもかかわらず、何故、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)のように未来にイノベーションをもたらすような企業がなかなか出てこないのでしょうか、という疑問があります。そういう意味では日本は「イノベーション後進国」であると捉えることができます[1]。

デザイナーの役割

ここで重要なことは、未来は「どうなるか?」という予想ではなく、未来は「どうしたいのか?」ということだと思います。そこで、デザイナーの役割は、“数多”ある未来の選択肢の中から「望ましい未来(preferable)」のシナリオを提示することでしょうか。だから、それは「受動的」な姿勢ではなく、「能動的」なものになります。つまり、未来は「どうなるか」とかいう受動的姿勢で向き合うべきものではなく、「どうしたいか」という能動的な個人の願望に基づいて提示されるべきではないかと思います(図7)。だから図8に示すように、イノベーションに取り組む優先順位は私たちが「どうしたいのか?」というのがトップになります[1]。


図7 未来≠どうなるか? 未来=どうしたいか?



図8 優先順位は「革新したいこと→異分野の専門知識→社会の潮流」



5.技術中心から人間中心へ

20世紀はあらゆる意味で機械中心の(技術中心)の世紀であったかと思います(図9)。そのおかげで、私たちはありあまるほどの情報を手に入れることができるようになり、高性能な機器を作ることができるようになり、生活も豊かになりました。このように、高性能、高信頼性、低価格でやってきた日本の製品はそのままでは売れなくなってきたのです。そこで、浮かび上がってきたのが「人間中心」の考え方です。つまり人々が求めるものを提供しようとする考え方です。実は、これがそもそも「デザイン思考」の始まりです。最近では、「デザイン思考」という言葉はかなり広く浸透しているようですが、実際の現場でのデザイン思考の実践はどこまでやられているのかについては、「デザイン思考」の用語の拡散に比べるとそれほど深く浸透していないという見方があります。事実、最近になってから「デザイン経営」という概念が経済産業省と特許庁から打ち出され、それはデザイン思考の後のことを考えているようです。つまり、デザイン思考が現場においてよく浸透していないので、それに対する対策として「デザイン経営」が出てきたという見方もできます。


図9 技術中心から人間中心への変遷



図10 デザイン思考はイノベーションを起こすための1つの捉え方


最近、デザイン思考については多くの書籍や解説があり、企業においても関心事のひとつになっています。実際の現場において、デザイン思考の考え方は大変有用なものだと思います。しかし、図10に示すように、デザイン思考を実践したからと言って、必ずしもイノベーションにはつながらないのですが、「デザイン思考→イノベーション」という風潮があることは事実です。つまり、デザイン思考はイノベーションを起こすための1つの捉え方ですから、そのように考えるとことで、イノベーションの意味をよく理解出来るようになると思います。実際、図11にはデザイン思考プロセスに存在する4つのモードからも分かるように、デザイン思考の強みは最終的に「カタチにする」ことだと思います[2]。


図11 デザイン思考の基本的な思考プロセス



6.デザイン思考とPDCAサイクル

PDCAサイクルは、Plan(計画)-Do(実行)-Check(評価)-Action(改善)を繰り返すことによって、生産管理や品質管理などの管理業務を継続的に改善していく手法のこととして良く知られています。実は、このPDCAサイクルとデザイン思考のプロセスを重ねてみると面白いことが分かります。図12はそのようなデザイン思考とPDCAサイクルを重ねてみたものです。これを見ると、デザイン思考とPDCAサイクルは一致しているとみることができるのです。このことは非常に興味深いことだと思います。


図12 デザイン思考はPDCAサイクルとして考えられこともできる


実は、「個人の見立てる力」と「未来からの逆算力(バックキャスティング)」を考えたときに、未来を現在の延長線上にあるととらえるのではなく、まず自分が個人的にどういう未来にしたいかという願望を研ぎ澄ましていくことに焦点を合わせなければならないことが、非常に重要になってくることが分かります[1]。そして、極端に個人的な願望に基づいた未来から逆算したとき、現在、この世界に何が必要になるかということですから、これをデザイン思考の観点から捉え直せば、デザイン思考は他者に課題を見出す「他人中心デザイン」であるのに対して、ハーバードデザインスクールでの扱いは「自己中心デザイン」とも呼べると言うのです。これは非常に興味深いことです。


7.デザイン経営がもたらす意味

経済産業省(商務・サービスグループ)と特許庁(審査第一部意匠課)は共同で、2017年7月にデザイナーや大手企業デザイン担当役員、経営コンサルタントなど11名が委員を務める「産業競争力とデザインを考える研究会」を立ち上げました。なぜ、いま国をあげてデザイン経営を広めようとしているのでしょうか。その理由として、新興国の技術発展による価格競争が勃発しているという背景があります。これまで日本は「高機能・高品質」な製品を製造してきたことで経済大国となったが、機能や品質が優れているだけでは競争に勝つことが難しい時代となっていることがあります。特許庁デザイン経営プロジェクトチーム・外山雅暁氏によると、「日本がいま変わらないと世界から立ち遅れてしまう恐れがあり、欧米ではデザインの活用によって差別化を図るという動きが見られる。日本が変わり産業競争力を高めるためにはデザインの力が必要である」というのです。
これは端的に言えば、「デザイン経営の効果=ブランド向上力+イノベーション力向上=企業競争力の向上」を目指すもので、デザイン経営はブランドとイノベーションを通じて、企業の産業競争力の向上に寄与するという基本的な考え方に沿ったものと見ることができます。つまり、図13に示すように、デザイン経営は「ブランド」と「イノベーション」の要としての効果をねらっているものと考えられます[4]。
そこで、デザイン経営を実践するための必要条件として、
①経営チームにデザイン責任者がいること
②事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること
の2つがあります。


図13 デザイン経営の効果


ところで、このデザイン経営の提言を見て、私はまず2007年に経済産業省から打ち出された「感性価値創造イニシアティブ」を思い出したのです。図14に示すように、両者の本質的な違いはどこにあるのでしょうか。高性能、高信頼性、低価格を売り物にしてきた日本の製品が売れなくなってきたので、第四の軸として「感性」を入れて巻き替えしましょうというのが感性価値創造イニシアティブであったのです。つまり、図15に示すように、これまでの日本の製品は「モノ」の充実「ものづくり」に重点を置いてやってきたのですが、それではモノが売れなくなってきたので、「こころ」の充実「もの語り」にシフトしてやっていこうというものでした。作り手と使い手の間に、こだわり「スピリット」、こだわり「興味」があり、感性に訴え、感性に共感するという関係から共創が生まれそこから感性価値を創り出していこうとするものです。この考え方は、デザイン経営と基本的には同じ発想だと思います。


図14 両者は同じことではないか?                          図15 感性価値―感性が経済価値を生む



8.クリエティビティの4つの帽子

よく言われることは、「芸術家と科学者の間の連携相性がよく、デザイナーとエンジニアとの間でも連携相性が良いのに対して、科学者とエンジニア、および芸術家とデザイナーだと相性が悪い」ということがあります。一般に、エンジニアとデザイナーは物事の実用性に着目し、観察と問題の制約の把握を通じて解決法を編み出すことで世界を理解しようとする傾向にあります。
ところがこの一方で、「芸術家と科学者は、自然や数学からインスピレーションを受け、純粋なる内的なクリエイティビティを通じて創造を行ない、単なる実用性などといった不完全なものではなく、真実や美しさなどの要素との関連が大きい形での表現や体現を追い求めている」と言われています。これは、脳には、左右の半球に分割する以外にも多くの分けかたがあることを意味することが指摘されています。つまりどこで創造性を発揮するのかということです。
ここで重要なことは、「アーティストも科学者もデザイナーも技術者も」、みんな混ぜてしまうのが良いということです。最もクリエイティブなものは、これら両サイドが混ざったときに生まれるというものです[5]。これは、図16に示すように、創造性のコンパスモデルとして知られているものです[6]。


図16 クリエイティビティの4つの帽子―創造性のコンパスモデル


このコンパスモデルの中心に到達するために活用できる教訓や考え方は多種多様にあります。それは、鍵となるのはこの4つの象限を、できるだけお互いに近づけるように心がけることです。学際的なグループであれば科学者、芸術家、デザイナーそしてエンジニアが連携して事にあたるでしょう。しかしそれでは、これらの専門の間の区別が“助長”されるだけであり、プロジェクトや課題の要件に応じて4つの象限を併用できる人材に比べて格段に効果が弱くなります。伝統的な専門分類が横行する環境や、機能的に分断された組織ではこの創造性のコンパスを活用できるタイプの人材は育たないが、変化の度合いが指数関数的に速まりつつあり、既存のものが崩れ乱れることが例外ではない昨今の世界においては、私たちが現在直面している課題、ましてや今後直面するかもしれない課題に効果的に対処するには、この方法で発想するよう心がけるのが肝要であるというのです[6]。つまり、それは創造性のコンパスのど真ん中で仕事のできる人材が求められていることでもあるのです。


9.日本での課題とその方策―未来デザイン論へ向けて

日本では、デザイン分野と、ビジネス、テクノロジーの分野の文化的断絶が大きく、人材の交流や分野間の「越境」が不十分であると言われています。つまりそれは、図17に示すように、デザインとビジネスやテクノロジーの間の文化的断絶があるからだということです。この断絶をなくすには、回遊(transilient)が必要であるのです[7]。これは推論のプロセスに関連して、私が以前から提案しているものです。


図17 文化的断絶をどう乗り越えるか


イノベーションテトラ


私たちは日々の生活の中で議論したり、調査や研究等で何らかの形で結論を得るとき、つまり「これはこういうことだ」というメッセージを発するとき、実は全部で3つのタイプがあるというのです。そのことについて、アメリカの哲学者パースは、問題解決に用いられる3種類の推論(演繹、帰納、アブダクション)を提議したことはよく知られています。これら3つの推論法に「回遊」と加えて、丁度4つの推論の各々を三角錐の頂点に対応付けたものを私は、「イノベーションテトラ」と呼んでいる[7]。実は、図18に示すように、このイノベーションテトラは、先に示した「創造性のコンパスモデル」と対応させることができることは大変興味深いことです(詳細は省略)。


図18 イノベーションテトラと創造性のコンパス


さて、7.で示したデザイン経営の今後を考えたときに、創造性のコンパスのど真ん中で仕事ができる人は、まさにこれからのデザイン経営にとって極めて重要な役割を担うことになると思います。
ここで私が言いたいことは、いわゆる提言されているデザイン経営[3]のままでは、何ら新しいことへ進むべき道が示されずにいると思われますが、図19に示すようにデザイン経営は創造性のコンパスのど真ん中に入り込まなければ効果的な成果は得られないと思われます。そこで、私たちが認識しなければならないことは、「デザイン思考だけではイノベーションにまで到達するのに課題があるからデザイン経営が打ち出されてきた」ということではないでしょうか。


図19 デザイン経営は創造性のコンパスの全体と関係を持つことで推進される


デザインと経営(経営とデザイン)が仲良く手を組むにはどうしたらよいのでしょうか。これは非常に重要でかつ魅力的なテーマです。例えば、図20に示すように、「①会社を診断し、②ブランドをつくり、③商品をつくり、④コミュニケーションを設計する」ということは種々の要因が包含され現場で実践する上での重要事項になるでしょう[8]。

  
図20 経営とデザインの幸せな関係はどこから


感性テトラ

イノベーションテトラと並んで、私が提案しているモデルに「感性テトラ」があります。これは、今日のビジネス環境には課題があります。特に、「ビジネススクールは分析の仕方を教えるが、消費者にとっての魅力や感情的なつながりを作る方法を教えない、また一方で、デザイン学校は、そうしたつながりの作り方を教えるが、それが商業化できるものか確かめる方法を教えない」ということがあります。これらはいずれも必要ですばらしいものですが、今日のビジネス環境で生き残り繁栄するためには両者が必要であるということです。そこで生まれたのが感性テトラです。三角錐の各頂点には、感性、分析、ビジネス、デザインの各々を対応付けてそのイメージを視覚化したものです。
実は、先に示した創造性のコンパスモデルとこの感性テトラもうまく対応させることにより、時代に即した広義の「未来デザイン論」を展開することができるのです。


図21 感性テトラと創造性のコンパスは


感性テトラの実装

感性テトラをどのように実際の問題に応用していくのかは、大変興味のある魅力的な課題だと思います。私は、図22に示すように、感性テトラの6つある各々の“稜線”には専門領域が対応付けています。従って、それら6つの領域は、それぞれ次のようになっています。

デザイン思考=デザイン-ビジネス
アブダクション=感性-分析
類推法=分析-デザイン
ネットワーク科学=感性-ビジネス
センスメイキング=分析-ビジネス

ここではそれぞれの詳細は省略しますが、どれをとっても大変面白い分野を構成しています。例えば、アブダクションというのは、「分析的知性」と「美的感性」が必要ですから、そこには広い見識と分析力と併せて美的な感性があります。これは日頃から大いなる好奇心を抱くことが必須の要件になるわけですから、日頃からあたりまえのことに疑問を持つもつことが求められます。また、先に述べたように「分析の仕方」と「つながりの作り方」に注目した場合、分析は「アブダクション、センスメイキング、類推法」等によって明らかになり、つながりは「ネットワーク科学」によって解き明かされることになります。感性テトラにまつわるこれらの議論は、今後さらに詳細に議論されてその全体像が明らかになることが楽しみであり期待されているものでもあります。


図22 新しい世界を開拓する感性テトラの実装



10.むすび

この基調講演では、私が日頃から抱いている研究デザインを始めとるイノベーションに関する関連事項について散見的ではありますが、いくつかの考えを述べてきました。私は、現在「研究デザイン論」の構築を手がけています。私が思うには、イノベーションは研究デザイン論と深く関係しているので、今後継続的にその進展を紹介させていただきます。


文 献

[1] 各務太郎:デザイン思考の先を行くもの、クロスメディア・パブリッシング、2018年11月
[2] 佐宗邦威:21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由、クロスメディア・パブリッシング、2015年8月
[3] 経済産業省・特許庁:「デザイン経営」宣言、産業競争⼒とデザインを考える研究会、2018年5月
[4] 木本直美、外山雅暁、菊池拓也:産業競争力の向上に不可欠「デザイン経営」の役割とは?「デザイン思考」とブランド戦略、宣伝会議12月号、平成30年11月
[5] Rich Gold, The Plenitude: Creativity, Innovation, and Making Stuff, The MIT Press, 2007
[6] 伊藤穣一:「ひらめき」を生む技術、角川選書、2013年12月
[7] 椎塚久雄:新しいアイデアは推論のプロセスから生まれる―感性4.0時代におけるアフェクティブイノベーションのあり方―、日本感性工学会会誌 感性工学、Vol.15、No.3、pp.133-153、2017年12月
[8] 中川淳:経営とデザインの幸せな関係、日経BP社、2016年11月